ID:snmyatoの記録

「ごめんちょっと力貸して!」

喫茶店兼事務所の扉が荒々しく開かれる。聞こえてきたのは、助けを求めるそんな言葉。

「CLOSEDの文字が見えなかったのか?」
「見えたよ! 見えたけど! それどころじゃなくて!」

 あの食えない情報屋こどもがここまで狼狽えているのは珍しい。
溜息をつきつつ、読んでいた新聞をテーブルに置く。と、がしっと手を掴まれた。

「ガチ切れした甥っ子に――今は人間だから、厳密にはもう甥っ子じゃないんだけども! このままだと冗談抜きに滅ぼされちゃう……助けて下さい……」
「勝手に滅んでくれ。身内のごたごたはお断りする」

 掴まれた手を払い除ける。そういう問題に関与するのは、ろくなことにならない。
そもそもこの子供の皮を被った " なにか " を、どうこう出来る存在なんてそう居てたまるか。

「あの子、ピンポイントな神殺し特効持ってるんだよぅ……」
「……ただの人間が?」
「ただの人間、だからだよ」

赤い双眸に愉しげな彩が滲んだ。のも一瞬で、すぐにそれは消えて。

「だから、キミには私の逃避行に付き合ってほしいんだ」

 へにゃり、と。力ない笑みを浮かべている子供は、しかし。
こちらの返答を待たずに、世界の理から外れた本質ちからを流出させている。

「拒否権は無しか。身勝手な神も居たもんだ」
「神というものは総じて身勝手だよ。でなければ、そこに座していない」
「はっ。真理だな」

 異邦の神の招き理不尽が避けられないのならば、腹を括るしかない。
立ち上がると椅子にかけていたジャケットを羽織り、 " 尾 " を集める。

「…………雫は残るか。そうだな。そのほうがいい」

召集の応えが無かった一尾に、短く呟いて。光の軌跡を編む子供に向き直った。

「行き先は」
「キミの縁が辿り、示す場所せかい
「ほう」
「たぶん、だけど。キミにとっても悪くない話だと思う」

赤と黄金が織りなす先。神秘の顕現が黎明を喚び、周囲を染め上げる。

「そうか。じゃあ、足りない分は後ほど上乗せで請求させてもらおう」

こちらの縁に相乗りする形なのだから、それくらい払ってしかるべきだろう。

「あはは。キミのそういうとこ、好きだよ」
「うーん……お前さんに好かれてもなぁ」
「つれないねぇ。――では、共に参りましょう。■■の■・・・・

 あえての呼びかけに目を細め。差し出された白手袋が嵌められた手に、己が手を重ねる。
羽搏きの音。神々が隠れて久しい世界から旅立ち、向かう世界は、はたして。どのようなところか。