ID:Roniaの記録

『世界桜』のものがたり~其ノ後

「――何これ?」

 図書館で【『世界桜せかいざくら』のものがたり】なる子ども向けの絵本を見つけて、試し読みした一人の少女。
 腰の両脇に片手剣を携え、長いマントを身に付けた戦士――花波かなみシオンは、読み終えて顔をしかめた。

「結末が事実と違うじゃない! これだと肝心の『世界桜せかいざくら』が救われないんだけど!!」

 そして次には、ぷんぷん怒りながら「虚偽だー法螺だー」と叫ぶ。
 図書館では基本的に静かにするように、という規則ルールがあるのだが、どうにも我慢ならなかったのだろう。

「何をそんなに怒っているんだ? シオン」
「あっ、レイワ! ちょっとこれ、あんたも抗議した方がいいわよ!」

 騒いでいるのが気になったようで、レイワと呼ばれた人形がシオンの側へ来る。
 桜色の長い髪、暗い樺色のチャイナドレス――中々攻めた服装をしている。
 そんな外見の話はさておき、シオンは「見てよ」とレイワにも絵本を見せた。

「これ、あんたが私たちに討伐たおされた事になってるのよ! いくら子ども向けだからって……」

 ぶつぶつと文句を言うシオン。

 そう、何を隠そう、彼女たちはこの絵本おはなしの元ネタとなった者たちである。
 他にも、サバイバーやディーマという人間ひとならざる男性ものたちも関わっている。

 シオンが怒っている理由は、先ほど叫んでいたように『結末が事実と異なる』からだ。

 まず、シオンはレイワとの最後の斬り合いに勝った後、破壊せずに保護する事を選んだ。
 その間に、レイワは優しくて温かい夢を見て、その夢に救われて、優しい心を取り戻した。
 そして夢から醒めた後、レイワとシオンたちは和解して、冒険者として共に行動するようになり、そうして現在いまに至るのである。

 ――つまりレイワこと『世界桜せかいざくら』は、実際はこうして生きているのだ。

 自身の結末の違いを指摘しているのだと分かり、レイワはふっと笑った。

「そのままにしておけ」
「えっ?」

 きょとんとするシオンを他所に、レイワは絵本の内容を、改めて読み直す。

「子ども向けなら、勧善懲悪かんぜんちょうあくの方がウケがいいんだろう?」

 絵本を読む段階の幼子おさなごでは『実は救われて生きていました』なんて、きっと難しくて分からない。
 そういうちょっと複雑な事情・・・・・・・・・を理解できるのは、小説に興味を持ち始めるような、少年少女と呼ばれる段階からでは?
 人間が大好きなレイワは、そう思ったのだ。読んでもらう年齢の層ターゲットが違う、と。

「正義の味方が悪者をやっつけて、めでたし、めでたし。分かりやすいじゃないか。それに……」

 絵本を閉じて。
 一拍置いて。

「ワタシがオマエたちに討伐たおされた事は、事実だしな」

 と、あっけらかんとした様子で、シオンの怒りを吹っ飛ばした。