ID:chikuwatouの記録

咲く花の想い、弟知らず①

「ふふ〜っ、咲名の大勝利っすね〜!」

「くっそ……」


広々とした剣道場。
三本勝負の後に面を取ったものが二人。
うち一人はニコニコ笑顔で、一人は歯を食いしばって。

「何なんだよ……
 なんでいっつもいっつも咲名が勝つんだよ……!」

「芽吹の動きも速かったっすよ?」

「うるせえ!いらんコメントすんな!」



「チッ、いっつも余裕そうな顔しやがって……
 いいか、次はぜってえ俺が勝つからな。
 いつまでもそう勝者の余裕に浸ってられると思うなよ!」

「……」

「……は〜い、芽吹が勝つのを楽しみにしてるっす!」

「……はっ、今に言ってろ!」




「……道具貸せ。さっさと片すから」

「あ、そういえば負けた方が〜だったすね。さんきゅ〜っ」









「っていうことなんすけど……!」

「何が……?」


土曜授業の放課後、穏やかな秋風が吹く公園のベンチ。
真剣そうに話す後輩と、怪訝そうに眉を顰める先輩。

「勝負後の弟が不機嫌なのを、どうにかしたい〜って話っす!」

「あっそういう話? あんたの自慢話かと思った」

「はあ……よその弟の事情なんて知らん親戚の話よりどうでもいいわ。
 てかもっといい相談相手いるだろ。友人とか」

「はすみん先輩は友達っすよ?」

「そういうことを言いたいわけじゃないっての。
 あとその呼び方やめろ」


笑顔で寄ってくる後輩の顔を、先輩が左手でしっしっと払う。

「んん、相談しはしたんすけどなかなか良い方法がなくって……」

「はあ」

「だから弟に似てる先輩に聞けば何かわからないかな〜って」

喧嘩売ってんのか

「え〜っ!そんなことないっすよ〜!
 どっちもすっごく可愛いところが似てるんす!」

「か……だから売ってんだろそれは……!」

「…………で?あんたはどうしたいの?弟が不機嫌なのが嫌なの?」

「そうっす!咲名は一緒に楽しく勝負したいんすよ〜っ。
 終わった後の芽吹の反応も」


すっげえ良い試合だったよ!俺も練習頑張んなきゃな!


「っていう感じだったら嬉しいんすけど!」

ぜってえ言わねえだろ。
 いやあんたの弟のことなんか知らないけどさ」

「……とは言っても、それは弟の問題でしかないでしょ。
 あんたができることは、試合に手ぇ抜くことぐらいじゃないの」


先輩が提案した答えに、後輩は一瞬ぴたりと止まって。
暫しフリーズをした後、首を横に振った。

「それは……したくないっす!
 真剣に挑んてきてる芽吹に失礼っすから!」

「はあ。つまりは、毎試合しっかりとボコしたいわけだ」

「そうなるんすかね?」

「そういうことでしょ。
 ……ああもう知らん知らん。自分でどうにかしろ」

「ええ〜〜っ」


残念そうな声を上げる後輩に、先輩はため息をついた。

「え〜、じゃないわ。 んなに相談したいなら
 そこら辺の人にでも聞いてみたら?」

「あんた、無差別に人に話しかけんの得意でしょ」

「そこら辺の……」

「! 確かに!目から鱗っす!
 はすみん先輩の導きを信じてみるっす~!」

「ありがとっす!先輩!今度お菓子おごるっす~!」

「……え、は?冗談のつもりだったんだけど……
 ちょっ……おい、待て!鬼剣舞!



「……はあ。何だったんだよあいつ……」


残されたものは膝に手を置き、
いかにも疲れた様子で項垂れていた。
先程のような騒がしさは去っていき、公園には静けさが訪れていた。