咲く花の想い、弟知らず②
「弟くんと仲直りがしたい?」
「っす!本気のガチな話で!
急に聞いちゃって無茶振りかもしれないんすけど……!」
時は進み場所は変わり。
交番近くのコンビニのイートインスペースにて。
少女と青年の前にはソフトクリームが一つずつ置いてあった。
「全然いいよ〜。
アイスだけだとお礼としては足りないんじゃ、と思ってたし」
「数時間かけて見つからなかった、
パスケース分の答えができるよう努めるよ〜」
「そんなに探してたんすね」
「そんなに探してたんすよ」
「……と、まあ。力になりたいとこなんだけど……うーん……
勝負に負けると弟さんが拗ねちゃうって感じなんだよね」
「っす」
「けど勝負に手を抜くのは違う、かあ……
まあ確かに話を聞く限り逆効果っぽそうに聞こえるけど」
「これはまた……難しい問題だね〜。
弟さんが君に勝てる日を待つしかなさそうだな〜」
「む〜、やっぱり方法はないんすかねえ……」
「う〜ん……そう断言するのも悲しい話だけどねえ……」
溶けてしまう前にと、掬った一口を運びつつ、
少々厄介な問題に首を捻らせていた。
「……あ」
「! なんか思いついたすか!?」
「ん、いや……多分大したことじゃないし、
解決策になるかはかなり微妙だけど……」
「聞いてみたいっす!お兄さんの思いついた案!」
「う〜ん、過剰な期待を感じるなあ……
まあ君がそういうなら、だけど〜」
少女の期待に輝く眼差しを眩しそうに笑いつつ、
一息置いてから青年は口を開いた。
「……あのさ、一度そのまま思ってることを
そのまま弟さんに言ってみるのはどうかな〜?」
「言ってみる……すか?」
青年の言葉をオウム返しする。
案外悪くなさそうな反応に安堵しつつ、青年は話を続けた。
「うん。本当に効果があるかはさておきだけど……」
「もしかしたら、弟くんは勝ち負けにこだわりすぎて、
楽しむことを忘れちゃってるかもだから、さ~」
「なるほど……」
「……なるほど!確かに言ったことはなかったかもっす……!
言わなくても伝わると思ってたすから……」
「けど、それじゃあ……きっと足りないすね。
……よし、早速お兄さんの教えを実行してみるっす!」
そう言うと同時に少女は立ち上がった。
少女の分のソフトクリームはもう完食されていた。
「……今から?」
「今から!もう芽吹も帰ってきてると思うすから!」
「そっか~……善は急げの体現者だねえ。
それなら頑張ってね~。応援してるよ」
「あと、パスケースのこと本当にありがとねえ。咲名ちゃん」
「どういたしましてっす、うづきお兄さん!
それじゃあ、めちゃ急いで伝えてくるっす~!」
残ったカップをごみ箱に捨ててから、
店の窓の外側から少女はぶんぶんと腕を振った。
青年は内側でゆるく手を振り返した。
「元気で面白くて行動の速い良い子だったなあ。
……あれって多分烏合秀の制服だよね」
「かなりの進学校のイメージだったけど……
ああいう子もいるんだな~」
残った青年はがらんとした席で独り言ち、
溶けかかったソフトクリームをまた一口食んでいた。
「……いやあしかし、無事見つかってよかったなあ。
本当に……本当に終わったもんだと……」
失くし物が見つかったことに、心から安堵しつつ。
「ただいまっす芽吹っ!
伝えたいことがあるっす!!」
「うるせえ」
コンビニを後にして十数分経った後だった。
元気よく弟の部屋のドアを開ける姉と、
眉をしかめ、開けた主の姿に目をやる弟がいた。
「勝手に部屋入るな。大声を出すな。帰れ」
「む、ならば小声でテイク2で出直してくるっす!
では一旦失礼するっすよ〜……」
「ただいまっす芽吹っ!
伝えたいことがあるっす!!」
「帰れって言ったのが聞こえなかったのか?
……チッ、用があるならさっさとしろよ」
「んむ、了解っす!単刀直入に言うっす!」
「それ鬱陶しいから普段の声量に戻せ」
「むむ、ではいつものボリュームで……おほん」
「あのね、芽吹。聞いてほしいんす。
……咲名、芽吹との勝負はめちゃ楽しくやりたいっす!」
「……はあ?」
「何なんだよ急に……勝負?
俺が負けたことに対して喧嘩売ってんのか?」
「全然違うっす!そういうことじゃないんすよ!」
「じゃあどういうことだよ」
「咲名は……芽吹と勝負するのが楽しいんす」
「はあ」
「けど芽吹はそうじゃなさそうじゃないすか。
多分、それが咲名の中でもやもや〜ってしてて」
「……だから?」
「だからええと〜っ、咲名は……」
「……あっ!」
「あ?」
「わかったっす!咲名……芽吹が楽しそうにしてるとこが見たいっす!」
「……え、は?」
「咲名が、勝負する時につい楽しくなって笑っちゃう、みたいに!
芽吹がニコニコしてるとこが見たかったんすよ〜!」
「芽吹が試合後ご機嫌斜めなのが、ずっと気になってたんす。
咲名は楽しいな〜って思ってたんすけど……芽吹はつまんないのかなって」
「……」
「咲名、芽吹の楽しそうなとこも、笑顔もたっくさん見たいっす!
芽吹が楽しいと、咲名はめちゃ最高に嬉しいっすから!」
「う……」
「芽吹自身は知らないかもすけど、
芽吹の笑顔ってめっちゃ最強に可愛いんすよ?
にぱーって、楽しい!っていう気持ちに溢れてて……!」
「うるせえって!
こっちのことガン無視して話すんじゃねえ!」
「はいっす!」
「……ああもう、わかったよ……楽しくやりたいんだろ!
お前が言いたいことはくどいくらい伝わった!」
「ほんと? ……本当に?」
「本当に。だから、ええと……
その……なんだ、心配かけさせて悪かったよ。
そんなに気にしてるもんだと思わなかったんだ」
「……あとまあ、お前との試合はつまんなくないよ。
てっきりお前は勝つのが楽しいんだと思ってたけど……」
「! それほんと!? 芽吹も楽しいの!!?」
「いや、だからそう言って……」
「だあもう!しつこい!
これ以上やかましくするなら出てけ!さっさと!」
「うえっ、咲名まだ芽吹と話したいすよ〜!」
「俺はもう十分なんだよ!
……ああもう、お前との勝負なんてもうこりごりだ馬鹿!」
すっかり怒ってしまった弟は、
いつもの調子で姉を部屋から追い出そうとしていた。
姉は不満そうに口を少しとがらせていたが、
「……えへへ~っ」
それでも、小さな苦悩は無事晴れたので、
よしとすることにした。