ID:Roniaの記録
ウタカタのハナ 承
◇
どうせ最近はソファで寝てたしな……ベッドも本来の役目をまた果たせるようになって本望だろう。そういうことにしよう。
現在の状況を説明すると、家に帰ってきたオレはまずバケラウネをベッドに寝かせて、それから水槽いっぱいに水を溜めているところだ。
この水槽、実家からもらってきたやつで、魚をたくさん飼っていたんだが、死んだり近所に譲ったりで数を調整した結果、ひとつだけあまって、オレがいつか、この家でも魚を飼おうと思ったから、もらったんだよなぁ。
それがまさかこんな用途で使うことになるとは、当時のオレは思うまい。
だけどこれ以外だと、小さすぎてバケラウネの茎が入らないんだよな。
ガラス製である以上割れたらおしまいなので、水をいっぱい溜めきったら、その水槽を慎重に運ぶ。
いったいなにをしようとしているのかというと、『水挿し』をしようとしているわけだが、最初はこれをやろうか悩んだ。
バケラウネにしろアルラウネにしろ、半動半植物って結局どっちとして扱えばいいのかわからないからだ。
植物として扱うにはいきもののようだし、動物として扱うには草木のようだし。
つまり、『花』と同じ扱いをしていいのかわからん! いいのか!? 仮にも魔物だぞ!? いいのかこんな扱いでっ!?
だが、ほかにできそうなことがない以上、やらないよりはマシと思うしかない。
水槽いっぱいに溜めた水の中に、茎の切断面がまるまる浸かるように、かつずり落ちたりしないように調整しながら、水挿しをしておいた。
よし、これで枯れるまでの進行を遅らせることができるはずだ。ふつうの花と同じなら、だけど。
それからすこしして、バケラウネが再び意識を取り戻した。
相変わらずひどく萎れているが、まだなんとか生きていたようだ。
どこかぼんやりした様子で、オレに目を向けてきた。
……バケラウネはたしか、魅了の術を持たなかったと思うが。
なにごとにも例外はあるし、もしかしたらすでに、術中にはまってしまったのかもしれない。
そんな細かいことはひとまず考えないようにしつつ、今、このとき思ったことは。
――バケラウネの瞳は、よくみると綺麗だ、ということだ。
とにかく恐ろしい見た目に引っ張られがちだが、その大きな目にある瞳は、アルラウネのソレを思わせるほどに綺麗だった。
だからこそ、似ても似つかないはずの、アルラウネの仲間として分類されたのだろうか?
しばらくオレをみていたあと、バケラウネは現在の自分の状態をみていた。
下半身と右腕がない。衰弱もしきっている。起き上がることもできまい。かろうじて、頭と左腕が動かせそうか。
つまり、はっきりいって枯れかけだった。もはや一週間、いや、三日も生きられるかあやしいところだ。
しかしここで油断していると、さっきみたいに茎から口を開いて捕食される危険性があるので、オレは警戒しつつも、……とりあえず飯でも食わせてやるか、とキッチンへ向かった。
◇
結論からいうと、作ったのはただのおかゆ、なんだけど。
ひさしぶりに、料理をしたような気がする。しかも、オレ以外の誰かのために。
くわえる力も、吸い込む力も、飲み込む力も弱いなら。
今の状態なら、ものを咀嚼する力も弱いかもしれない。
ヘビのように丸呑みで食っている、というのであれば話は別だが、あの捕食構造ならおそらくありえない。と信じたい。
ともかく、消化のいい料理でもなんでも食わせて、オレへの食の興味を取り除かなければ。
キッチンから戻ってくると、バケラウネは目を閉じていた。
おいおい、今ここで死なれたらそれはそれで困る。
ベッドに散らばるだろう枯れた植物の後始末をするのも、できればしたくない。面倒だから。
おかゆをテーブルに置き、ゆさゆさとやさしく揺さぶってみると、それに気づいたのか、バケラウネはまた目をすこし開けた。
ずっとぼんやりした様子なのも、枯れかけているせいだからかもしれない。
せっかく作ったおかゆが無駄にならないうちにスプーンで一口掬い、息を吹きかけて冷ましてから、バケラウネの茎部分に近づける。
それをみたバケラウネは、茎から口を開けて……さらにそこから、べろんと舌を出してきた。
いやいや、舌まで完備してるのかよ。これぜったい美食家な個体もいるやつじゃん。
とはいえこの大きな舌に乗せれば、おかゆにかぎらず、大抵の料理は安定して食えそうか。
相変わらずオレが喰われないように注意しながら、スプーンに掬ったおかゆをちょんと乗せてやる。
乗せられた感触を頼りに、バケラウネはゆっくりと舌をひっこめ、おかゆを『捕食』した。
たりなかったらいくらでも追加を作るつもりだ。おかゆくらいならどうせすぐ作れるしな。
時間をかけて一口ずつ、人間の価値観で一口ずつ、おかゆを『捕食』しているその姿はやはり痛々しく、魔物であれども世の無常さをいやでも感じさせる。
いっそのこと、ひと思いに即死させてくれたほうがまだマシかもしれなかったが、バケラウネとは基本的に醜悪な性格であり、限界まで苦しんだ果てに死ぬように、頭ではなく胴のほうをかならず切断するため、闘争に敗れた個体は必然的に、上半身と下半身が泣き別れたまま、ゆるやかに死へと向かっていく……と、ひまつぶしに気の迷いで読んだ魔物図鑑に書いてあった気がする。
この個体も、ほかのバケラウネと同じで醜悪な性格なのだろうか。
もし元気になったら、こんどこそオレを捕食するのだろうか。
ああ、だとしたら恩を仇で返されることになるなぁ。
人間の施しが、魔物に伝わるともかぎらない。
嫌だなぁ。そうなったらオレは、正真正銘のばかになるから。
◇
どうせ最近はソファで寝てたしな……ベッドも本来の役目をまた果たせるようになって本望だろう。そういうことにしよう。
現在の状況を説明すると、家に帰ってきたオレはまずバケラウネをベッドに寝かせて、それから水槽いっぱいに水を溜めているところだ。
この水槽、実家からもらってきたやつで、魚をたくさん飼っていたんだが、死んだり近所に譲ったりで数を調整した結果、ひとつだけあまって、オレがいつか、この家でも魚を飼おうと思ったから、もらったんだよなぁ。
それがまさかこんな用途で使うことになるとは、当時のオレは思うまい。
だけどこれ以外だと、小さすぎてバケラウネの茎が入らないんだよな。
ガラス製である以上割れたらおしまいなので、水をいっぱい溜めきったら、その水槽を慎重に運ぶ。
いったいなにをしようとしているのかというと、『水挿し』をしようとしているわけだが、最初はこれをやろうか悩んだ。
バケラウネにしろアルラウネにしろ、半動半植物って結局どっちとして扱えばいいのかわからないからだ。
植物として扱うにはいきもののようだし、動物として扱うには草木のようだし。
つまり、『花』と同じ扱いをしていいのかわからん! いいのか!? 仮にも魔物だぞ!? いいのかこんな扱いでっ!?
だが、ほかにできそうなことがない以上、やらないよりはマシと思うしかない。
水槽いっぱいに溜めた水の中に、茎の切断面がまるまる浸かるように、かつずり落ちたりしないように調整しながら、水挿しをしておいた。
よし、これで枯れるまでの進行を遅らせることができるはずだ。ふつうの花と同じなら、だけど。
それからすこしして、バケラウネが再び意識を取り戻した。
相変わらずひどく萎れているが、まだなんとか生きていたようだ。
どこかぼんやりした様子で、オレに目を向けてきた。
……バケラウネはたしか、魅了の術を持たなかったと思うが。
なにごとにも例外はあるし、もしかしたらすでに、術中にはまってしまったのかもしれない。
そんな細かいことはひとまず考えないようにしつつ、今、このとき思ったことは。
――バケラウネの瞳は、よくみると綺麗だ、ということだ。
とにかく恐ろしい見た目に引っ張られがちだが、その大きな目にある瞳は、アルラウネのソレを思わせるほどに綺麗だった。
だからこそ、似ても似つかないはずの、アルラウネの仲間として分類されたのだろうか?
しばらくオレをみていたあと、バケラウネは現在の自分の状態をみていた。
下半身と右腕がない。衰弱もしきっている。起き上がることもできまい。かろうじて、頭と左腕が動かせそうか。
つまり、はっきりいって枯れかけだった。もはや一週間、いや、三日も生きられるかあやしいところだ。
しかしここで油断していると、さっきみたいに茎から口を開いて捕食される危険性があるので、オレは警戒しつつも、……とりあえず飯でも食わせてやるか、とキッチンへ向かった。
◇
結論からいうと、作ったのはただのおかゆ、なんだけど。
ひさしぶりに、料理をしたような気がする。しかも、オレ以外の誰かのために。
くわえる力も、吸い込む力も、飲み込む力も弱いなら。
今の状態なら、ものを咀嚼する力も弱いかもしれない。
ヘビのように丸呑みで食っている、というのであれば話は別だが、あの捕食構造ならおそらくありえない。と信じたい。
ともかく、消化のいい料理でもなんでも食わせて、オレへの食の興味を取り除かなければ。
キッチンから戻ってくると、バケラウネは目を閉じていた。
おいおい、今ここで死なれたらそれはそれで困る。
ベッドに散らばるだろう枯れた植物の後始末をするのも、できればしたくない。面倒だから。
おかゆをテーブルに置き、ゆさゆさとやさしく揺さぶってみると、それに気づいたのか、バケラウネはまた目をすこし開けた。
ずっとぼんやりした様子なのも、枯れかけているせいだからかもしれない。
せっかく作ったおかゆが無駄にならないうちにスプーンで一口掬い、息を吹きかけて冷ましてから、バケラウネの茎部分に近づける。
それをみたバケラウネは、茎から口を開けて……さらにそこから、べろんと舌を出してきた。
いやいや、舌まで完備してるのかよ。これぜったい美食家な個体もいるやつじゃん。
とはいえこの大きな舌に乗せれば、おかゆにかぎらず、大抵の料理は安定して食えそうか。
相変わらずオレが喰われないように注意しながら、スプーンに掬ったおかゆをちょんと乗せてやる。
乗せられた感触を頼りに、バケラウネはゆっくりと舌をひっこめ、おかゆを『捕食』した。
たりなかったらいくらでも追加を作るつもりだ。おかゆくらいならどうせすぐ作れるしな。
時間をかけて一口ずつ、人間の価値観で一口ずつ、おかゆを『捕食』しているその姿はやはり痛々しく、魔物であれども世の無常さをいやでも感じさせる。
いっそのこと、ひと思いに即死させてくれたほうがまだマシかもしれなかったが、バケラウネとは基本的に醜悪な性格であり、限界まで苦しんだ果てに死ぬように、頭ではなく胴のほうをかならず切断するため、闘争に敗れた個体は必然的に、上半身と下半身が泣き別れたまま、ゆるやかに死へと向かっていく……と、ひまつぶしに気の迷いで読んだ魔物図鑑に書いてあった気がする。
この個体も、ほかのバケラウネと同じで醜悪な性格なのだろうか。
もし元気になったら、こんどこそオレを捕食するのだろうか。
ああ、だとしたら恩を仇で返されることになるなぁ。
人間の施しが、魔物に伝わるともかぎらない。
嫌だなぁ。そうなったらオレは、正真正銘のばかになるから。
◇