ID:Roniaの記録

ウタカタのハナ 転

 ◇


 こうして奇妙な共同生活がはじまってしまったわけだが、二日ほど経ったある日、いつものようにおかゆを作って持っていこうとすると、急にベッドに倒れる音がしてきた。
 暴れているのか? 寝室をめちゃくちゃにするんじゃあない。
 しかし、料理を途中で中断するわけにもいかない。火の用心。
 いったんおかゆを完成させることを優先する。オレも食うので、量は多めだ。
 完成させたらふたつに分けて、急ぎ足で寝室のほうへ向かう。
 ちなみに両手が塞がっていると扉を開けられないので、あらかじめ開けっぱなしにしてある。

 寝室の様子をみに行くと、たしかに暴れてはいたのだが、それには理由があった。
 ずっと介護されっぱなしな現状を、打破しようとしたかったのだろう。
 バケラウネは、なんとか自力で起き上がろうと、もがいているようだった。

 下半身だって、右腕だってないのに、どこか必死になって、ベッドから起き上がろうとしているものだから。
 思わず手を貸そうとしてしまった、だけどそれを察したのか、バケラウネはくびを、わずかながら横に振った。
 まるで自分で起き上がる、起き上がれる、といわんばかりに。
 オレはただ、その場の流れに身を任せるように、じっと様子をみていた。
 それからしばらくして。左腕に力を、うまくバランスを取りながら、力を入れて。震えながらも、ゆっくりと、起き上がった。
 ……花の香りがした。それはむせかえるものではなく、心がやすらぎ、きもちが落ちつくもの。――カーネーションの香り。
 そんな香りをまといながら、再び倒れないようにバランスを取って、ようやく、バケラウネは残った左手で、震える左手で、オレが持っていたおかゆの片方からそっとスプーンを取っていった。

 オレの手の動きを覚えたのだろうか、意外にも器用にスプーンを持った。
 ただ、左腕しかないので、料理おかゆがよそられた器は変わらずオレが持つことにした。
 バケラウネは自分のぶんのおかゆに、もう一度スプーンを突っ込んで掬い上げる。
 湯気が出た。熱いといけないので、オレが息を吹きかけて冷ます。
 ある程度冷ましてあげたところで、茎にある大きな口、から出した舌にちょんと乗せてから、ゆっくりと『捕食』する。
 喰われて死ぬのはごめんこうむるが、こうして料理を食わせるくらいなら、まぁ、いいか。これを機に、食生活を改善しよう。
 まだ二日しか経っていないのに、バケラウネに対する警戒心は、すでにだいぶ薄れていた。やはりいつか喰われるかもしれない、という恐怖心は残っていたが。

 ところで、摂取した栄養は、上半身に必要なぶんを送ったあと、残りはどうするのだろうか?
 下半身があれば、そっちにも栄養を送るのだろうが……失くした個体はどうするのだろう?
 もしものために、消化しないで溜め込んだりするのか? 魔物図鑑にはそこまで書かれてなかったな。


 ◇


 そんな奇妙な生活を続けているうちに、バケラウネの上半身は、すこしずつ元気を取り戻してきた。
 こころなしか、花びらの発色が綺麗になってきたような気がする。なんだかんだで三日、一週間、それ以上を生きてきた。
 水挿しも無事に効果を発揮して、上半身の切断面から根っこが生えてきていた。
 左腕だけで上半身を起こすことにも慣れてきて、おかゆ以外の料理たべものも食えるようになっていた。
 といっても結局、やわらかく煮込んだうどんとか野菜スープとか、あまり咀嚼しなくても消化がいい料理たべものばかりだけど。

 今日はじゃがいものポタージュを作ってみた。
 ここ最近はずっと料理を作っていて、オレも一緒に食っている。
 毎週の習慣ルーチンだった小説の執筆もしていない。そもそもしている場合じゃない。
 だけど、これはこれで悪くないのかもしれない。少なくとも、気分転換にはなっている。
 冷めないうちにふたつに分けて、寝室に持っていく。

 バケラウネはすでに上半身を起こしていて、オレの気配に気づいて目を向けた。
 この大きなひとつ目にも慣れてきた。慣れって恐ろしい。
 ところで、いつも先にバケラウネに食わせているので、たまにはオレから食ってもいいですかね?
 まぁ、実際にはそうはいってなくて、頭の中でたずねただけだけど。

 しかし、そうやって脳内妄想で遊んでいると。

 容態が急変したように、バケラウネが突然苦しみはじめた。

 あまりにも急だったから、オレにはなにが起きたのか、とっさにはわからなかった。
 大丈夫か? と声をかけようとしたけど、言葉という意味を知らないかもしれなくて、声を出せなかった。
 こうしておろおろしているあいだにも、バケラウネはずっと震えていて、閉じた目を開けることはなかった。

 おい、うそだろ? まさか、ここにきて突然死するのか?

 オレの目の前で、急に枯れて死んでしまったら、いったい、どうすればいい?

 わからない。どうしたらいいか、わからない。
 でも、いままでの生活が、すべて水の泡になってしまうのだけは嫌だった。
 できたての料理じゃがいものポタージュなんて知るか。放っておこう。どうせ材料さえあれば作れるんだ。まだ作り直せばいいだけだ。食品ロスだって知らん。

 オレは料理をテーブルに置き、バケラウネを支えた。
 頼む。死ぬな。生きろ。――生きることをあきらめるな・・・・・・・・・・・・
 強く、そう祈りながら、バケラウネをずっと支え続けた。
 彼……彼女? もそれに気づいたみたいで、すこし目を開けて、震えながらもオレに上半身を預けてくれた。

 ……。

 そういえば、上半身だけ・・・・・、なんだよな。
 すっかり忘れていたけど、いまだに下半身がないまま・・・・・・・・・・・・なんだよな。
 その状態ことを思い出したとき、オレははたと気がついた。

 ちがう。苦しんでいるんじゃない。試みている・・・・・んだ。

 くきを切断された個体は、上半身だけでは、長くは生きられないという。

 だが、下半身が完全に枯れてなければ?

 ある程度成長したバケラウネは、闘争に敗れても、そのまま死亡する末路を回避することがある。それはなぜか?

 果たしてオレが行き着いた予想どおり、玄関からガタンガタンと音がした。
 不用心にも、扉は開けっぱなしだったっけ。深夜も深夜だから、ほかの住民にはバレてない……と思いたい。
 様子をみに行きたかったが、オレが離れることで、バランスを崩して倒れてしまったら、集中力が切れてしまうかもしれない。
 小説もそうだが、こういうときはなるべく集中力を切らさないようにするのがコツなんだ。次いつ集中できるかわからないから。
 代わりに手でも掴んでおこうか、と、支えている腕とは反対の手を差し出した。
 すると、差し出されたオレの手を、異形の左手がそっと掴んできた。
 鳥のような爪が多少食い込むが、傷つける気はないようで、オレの手の甲からは血こそ出てしまったが、おかげでちょっと痛い程度で済んだ。

 ――音がしてから、さらにしばらくして。
 この個体のものと思われる下半身が、ようやく、やっと、ここまで辿り着いてきた。
 予想はしたが、本当にきたので、ものすごくびっくりした。こんな機会けいけん、二度あるかないか。
 下半身の遠隔操作ができる、ということは、この個体は熟練ベテラン成長レベルアップしたんだなぁ……。

 さて、肝心の下半身は、かなり萎れてはいたものの、完全には枯れていないようだ。
 たぶん、今の上半身ともう一度合体すれば、まだまにあうだろう。
 さいわい? 運んできた日から『水挿し』をし続けたおかげで、上半身はじゅうぶんに発根している。
 あとは、この根っこを下半身に絡める方法があれば……。

 オレは、続けて合体を試みるバケラウネの補助サポートをすることにした。
 左手は今も、オレの手を握り続けている。不安なきもちがすこしでもやわらぐなら、多少の痛みはがまんしよう。
 オレはさっきまで支えていた腕を離して、その腕で水槽から上半身を出してあげて、そのまま切断面をくっつけるように、下半身に合わせてあげた。
 本当なら、完全にくっつくまでこの状態を自力で維持し続けなければならないのだろうが、この個体は上半身が発根していることと、オレが左手を握って支えているので、野生の個体よりは早く、合体しやすいだろう。

 バケラウネは上半身の根っこを下半身に絡め、糸で縫い合わせるようにくっつける。
 自分の身体であれば、こうやってすこしは自由に操作ができるみたいだ。
 ぴったりと縫い合わせくっつけたところで、バケラウネは下半身の根っこを動かせるか確認する。
 ……どうやら、無事に合体し直すことができたようだ。だが、これで終わりではない。
 こんどは上半身と下半身で、栄養を循環させる必要がある。それが終わってはじめて、バケラウネという魔物は復活するのだという。
 上半身が溜め込んできた栄養を下半身に送りきるには、もうちょっとだけかかるだろう。
 オレの中にはすっかり恐怖心もなくなり、闘争に敗れたこのバケラウネが未来これからを生きられそうなことに安心していた。
 運がいいだけかもしれないし、これで使い果たしてしまったかもしれないが、今だけはそれはどうでもよかった。
 ふと、バケラウネは握り続けた左手の力をゆるめて、オレの手の甲に、どこか申しわけなさそうに触れていた。
 鳥の足に掴まれたように、爪が食い込んだところから血が流れているが、これくらいならたぶんすぐに、跡形もなく治るだろう。
 それよりも、罪悪感を抱いたりするんだな。助けてもらった恩、というものも本当の意味で理解しているようだし。
 あと、言葉を理解できるようだ、ともわかった。大丈夫だということを思わず伝えたら、ホッとしたような目つきに変わったから。


 ◇