ID:Roniaの記録
ウタカタのハナ 結
◇
もともとはオレが捕食されないように、と必死で世話していたから、いままで気づいていなかったのだが。
バケラウネにはいつのまにか、大きな葉っぱが、まるで肩当てのように右肩から一枚生えていた。
みるからに丈夫そうな葉っぱだ。多少の攻撃なら、これで身を守れるかもしれないな。
萎れていた下半身の花も、発色がよくなってきた。まにあってよかった。
切断された胴は根っこで縫われ合っている。すこしは前より頑丈になったか?
ただこれは、病気でたとえるところの『病み上がり』であり、完治したとはまだまだいいがたい。
オレはぼんやりと、もうしばらくはこの共同生活が続くかな、なんて思っていた。
バケラウネはというと、おおむねもとの姿を取り戻してからは、外をみていることが多くなった。
今日なんて、たまたま早朝に起きてしまったのだが、そのときにはすでに起きていて、外をみている姿がみえた。
しばらくして、バケラウネはふらふら、よろよろと歩き出した。そしてすぐ、音を立てて倒れた。
急に歩こうとするからだな。オレはバケラウネのそばまできて、立つ手伝いをする。
だがそのあと、再び歩き出した。そしてまた、音を立てて倒れた。
歩くリハビリをしてないからだな。もう一度、立つ手伝いをする。
こんどはそのまま支えているか。これなら倒れることはないだろう。
バケラウネはオレに支えられながら、ふらつきながら、よろめきながらも、一歩ずつ歩き出す。
合体し直してから日が浅いし、いままで泣き別れていたほうのが長かったから、まだうまく、思ったように下半身が動かせないのだろう。
体力だって戻りきってはいないだろうし、休みながらリハビリの補助をしていこうか。
しかし、それから外が一番明るくなったころ、バケラウネはもう一度、自力で歩くことを試みようとしていた。
早朝で学んだのか、壁に左手をつき、上半身を預けながら、オレの補助なしで歩き出す。
最初は寂しさを覚えたが、それがだんだん違和感に変わっていったのは、バケラウネが行こうとしている方向がわかったときだった。
そう。外へ。もといた場所へ。出ようとしていたんだ。
左手を壁につけ、それを支えとしながら、もといた場所へ帰ろうとしている。
その様子をみて、オレはもうすこし、休んでいったほうがいいんじゃないか? と心配になった。
まだ本調子にはほど遠いはずだし、現にふらつき、よろめいているし、右腕だって失くしたままだ。
左手で上半身を支えながらじゃ、壁伝いにしか歩けないんじゃ、もといた場所へは帰れないんじゃないか?
それでもバケラウネは、ゆっくりと、オレの家から……玄関から律儀に、ゆっくりと外に出ていった。
壁という支えがなくなって、ふらふら、よろよろ、と、すこしだけ歩いて。一度だけ、外で倒れそうになった。
とっさに左手を地につけたおかげで、完全に倒れずには済んだが、すぐには立ち上がれず、震えていた。
ほら、まだ休んでいたほうが。そう声をかけようと、連れ戻そうとした、が。
バケラウネは時間をかけながらも、ふらつき、よろめきながらも、もう一度立ち上がった。
……そのとき、地につけた左手を下半身へと動かし、上半身にも力を入れているのがみえた。
震えながらも立ち上がって、前を、みて。あきらめずに、歩き続けようと、下半身の根っこを動かした。
そうまでしてでも、今日、もといた場所へ帰るつもりなのだと、静かな決意を燃やしているようにもみえた。
そのまま、また、ゆっくりと、一歩ずつ歩いていって。
ある程度離れたところで、一度立ち止まって、オレのほうを向いて。
そして、左手の、人さしにあたるだろう指を、ひとつ目の前にそっと立てた。
――どうか、今回のことは、ひみつに、しておいてほしい。
オレにそう伝えようとした、気がする。
そうしてこんどこそ、隻腕のバケラウネは人里を離れて、オレの前から姿を消したのだった。
◇
あのあとベッドを見直すと、頭の大きな花びらが、一枚ちぎれて落ちていた。
拾い上げて触ってみると、みずみずしくてハリがあった。
発色もあざやかだし、形もととのっていて、ツヤもある。
知らないひとがみたら、これはアルラウネではなくバケラウネが持っていた、とは思わないだろうな。
永く保存するために持っていった先によると、どうやらこの状態の花びらは相当めずらしいことがわかった。
本来なら歴戦の個体が持っているような状態のよさで、しかも闘争に明け暮れている関係上、綺麗な形で残っていることのほうが少ないといっていた。
保存するより売って金にするべきだ、ともしきりに宣っていたが、あいにくオレは金にはがめつくない。
そもそも金の工面は小説で、と決めているんだ。それにこれは、どうしても思い出の品にしたかったから。
かたくなに自分の意見を突き通しきって、しぶしぶながらも永く保存する処置を施してもらった。
それを持ち帰って飾ったあとは、さっそく新しい小説を執筆することにした。
今回の実話をもとにした小説だ。
題名は、そう……――。
もともとはオレが捕食されないように、と必死で世話していたから、いままで気づいていなかったのだが。
バケラウネにはいつのまにか、大きな葉っぱが、まるで肩当てのように右肩から一枚生えていた。
みるからに丈夫そうな葉っぱだ。多少の攻撃なら、これで身を守れるかもしれないな。
萎れていた下半身の花も、発色がよくなってきた。まにあってよかった。
切断された胴は根っこで縫われ合っている。すこしは前より頑丈になったか?
ただこれは、病気でたとえるところの『病み上がり』であり、完治したとはまだまだいいがたい。
オレはぼんやりと、もうしばらくはこの共同生活が続くかな、なんて思っていた。
バケラウネはというと、おおむねもとの姿を取り戻してからは、外をみていることが多くなった。
今日なんて、たまたま早朝に起きてしまったのだが、そのときにはすでに起きていて、外をみている姿がみえた。
しばらくして、バケラウネはふらふら、よろよろと歩き出した。そしてすぐ、音を立てて倒れた。
急に歩こうとするからだな。オレはバケラウネのそばまできて、立つ手伝いをする。
だがそのあと、再び歩き出した。そしてまた、音を立てて倒れた。
歩くリハビリをしてないからだな。もう一度、立つ手伝いをする。
こんどはそのまま支えているか。これなら倒れることはないだろう。
バケラウネはオレに支えられながら、ふらつきながら、よろめきながらも、一歩ずつ歩き出す。
合体し直してから日が浅いし、いままで泣き別れていたほうのが長かったから、まだうまく、思ったように下半身が動かせないのだろう。
体力だって戻りきってはいないだろうし、休みながらリハビリの補助をしていこうか。
しかし、それから外が一番明るくなったころ、バケラウネはもう一度、自力で歩くことを試みようとしていた。
早朝で学んだのか、壁に左手をつき、上半身を預けながら、オレの補助なしで歩き出す。
最初は寂しさを覚えたが、それがだんだん違和感に変わっていったのは、バケラウネが行こうとしている方向がわかったときだった。
そう。外へ。もといた場所へ。出ようとしていたんだ。
左手を壁につけ、それを支えとしながら、もといた場所へ帰ろうとしている。
その様子をみて、オレはもうすこし、休んでいったほうがいいんじゃないか? と心配になった。
まだ本調子にはほど遠いはずだし、現にふらつき、よろめいているし、右腕だって失くしたままだ。
左手で上半身を支えながらじゃ、壁伝いにしか歩けないんじゃ、もといた場所へは帰れないんじゃないか?
それでもバケラウネは、ゆっくりと、オレの家から……玄関から律儀に、ゆっくりと外に出ていった。
壁という支えがなくなって、ふらふら、よろよろ、と、すこしだけ歩いて。一度だけ、外で倒れそうになった。
とっさに左手を地につけたおかげで、完全に倒れずには済んだが、すぐには立ち上がれず、震えていた。
ほら、まだ休んでいたほうが。そう声をかけようと、連れ戻そうとした、が。
バケラウネは時間をかけながらも、ふらつき、よろめきながらも、もう一度立ち上がった。
……そのとき、地につけた左手を下半身へと動かし、上半身にも力を入れているのがみえた。
震えながらも立ち上がって、前を、みて。あきらめずに、歩き続けようと、下半身の根っこを動かした。
そうまでしてでも、今日、もといた場所へ帰るつもりなのだと、静かな決意を燃やしているようにもみえた。
そのまま、また、ゆっくりと、一歩ずつ歩いていって。
ある程度離れたところで、一度立ち止まって、オレのほうを向いて。
そして、左手の、人さしにあたるだろう指を、ひとつ目の前にそっと立てた。
――どうか、今回のことは、ひみつに、しておいてほしい。
オレにそう伝えようとした、気がする。
そうしてこんどこそ、隻腕のバケラウネは人里を離れて、オレの前から姿を消したのだった。
◇
あのあとベッドを見直すと、頭の大きな花びらが、一枚ちぎれて落ちていた。
拾い上げて触ってみると、みずみずしくてハリがあった。
発色もあざやかだし、形もととのっていて、ツヤもある。
知らないひとがみたら、これはアルラウネではなくバケラウネが持っていた、とは思わないだろうな。
永く保存するために持っていった先によると、どうやらこの状態の花びらは相当めずらしいことがわかった。
本来なら歴戦の個体が持っているような状態のよさで、しかも闘争に明け暮れている関係上、綺麗な形で残っていることのほうが少ないといっていた。
保存するより売って金にするべきだ、ともしきりに宣っていたが、あいにくオレは金にはがめつくない。
そもそも金の工面は小説で、と決めているんだ。それにこれは、どうしても思い出の品にしたかったから。
かたくなに自分の意見を突き通しきって、しぶしぶながらも永く保存する処置を施してもらった。
それを持ち帰って飾ったあとは、さっそく新しい小説を執筆することにした。
今回の実話をもとにした小説だ。
題名は、そう……――。