ID:snmyatoの記録

中庭でのひととき

 淡く灯る明かりの下、開かれた紙面にペンを走らせる。
一区切りまで――今日の出来事を書き込むと手を止め、椅子の背凭れに深く寄りかかった。

「んー……ギルじいから花の育て方について、詳しく聞いとけばよかったなぁ……」

 木目の天井を見上げて、ぽつりと呟く。口元に浮かぶ淡い苦笑い。
脳裏に過ぎったのは、様々な花が咲き誇る庭園の光景。幼き日の記憶おもいで――

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 春先の陽光の暖かさに、冷ややかな夜の名残が溶け混じる朝。
短めの――自分にとっては、それでも十分長い代物だが――木剣を二本抱えながら、白と灰の石畳の上を走る。

「じいー! どこにいるー?」

 時折、足を取られて転びそうになりつつも。目的の人物を呼び、探す。
中庭とはいえ、規模はそれなりに大きい。入り組んだ花木の迷路、その道順をしかと覚えていたとしても。
幼い子供の歩幅では遅々として進まない。――から、ぴたりと足を止めて。大きく息を吸い込んだ。

「じーーーいーーー!!!! どこだーーー!!!!!」

 渾身の叫び。探し人が見つからないのなら、探し人に見つけてもらえばいい。
へたりとその場に座り込んで木剣を地面に置くと、ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す。
服が汚れてしまうが、どうせこれは鍛練用のもの。どのみち汚れる予定があるのだから、問題はない。
 幾分、呼吸が落ち着いてきた頃。探していた人物が、植物の壁の向こうから現れた。

「レオン様……あまり大きな声を出されると、何事かと騎士がすっ飛んできますよ?」

年を重ねた庭師の顔に滲む、呆れの色。

「う……だって、じいさがしても見つからなかったから……」
「おや。剣の稽古の時間には、まだ早いでしょうに」

差し出された硬い大きな手を取って、立ち上がる。

「ぼくは、朝のほうがしゅうちゅうできるんだ。だから早くはじめよう」
「なるほど。確かに。ですがレオン様の場合、朝は稽古よりも勉強をしたほうがよいのでは?」
「…………じい」
「はい」
「じいは、いじわるだ」
「ほっほっほ。レオン様のことを思えばこそ、ですよ」

 それは知っている。解っている。自分は愛されているのだと、幼心ながらも。
優しく細められた庭師の目に、居心地が悪くなって。さっと目を逸らして木剣を拾い上げる。

「…………じゃあ、早くはじめて早くおわらせる。けいこがおわったら、せんせいのところ行くよ」

それならいいだろ、と。木剣の一本を、少しだけ乱暴に押し付けた。

「……ふふ。またひとつ大人になられましたね、殿下。では私も、ちょっと本気を出しましょうか」
「ふぁっ!?」

 元騎士団団長、現庭師な男のスパルタ宣言に、びくりと身体を震わせる。
望むところだと思う反面、余計なことを言ってしまったという後悔に、冷たい汗が流れた。