ID:snmyatoの記録

白と黒の攻防

懐かしい夢を見た。胸の裡に残るは、微かな温かさと、郷愁と――

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「……あのさ、ディル兄」
「ん?」
「何で俺は、こんなことに付き合わされてるんですかね」

 白と黒の駒が並ぶ盤面を挟み、対峙する次兄に尋ねる。
数か月に及ぶ遠征から帰ってきたところ、「一戦やるぞ」と有無を言わせず拉致されて。
何が何だか分からないまま、夜も更けたこの時間に。苦手な頭脳戦で低く唸ることとなってしまった。

「頭を使ったほうがよく眠れるだろう?」
「別に使わなくたって、既に疲労困憊でぐっすり眠れるんだけどな!?」

言いつつ、白のポーンを掴んで動かす。

「ふ。冗談だ。……お前に少し、聞きたいことがあってな」

手を止めず、盤面から目を逸らさずに。続けられた言葉。

「なんだよ。改まって」

帰還早々、一刻も早く尋ねたいような事柄なんて。一体、何だろう。

「いや、なに。お前の婚約者殿が随分と悩んでいたのでな。『レオンハルト様の好みは、どのような感じなのでしょうか』、と」
「………………。……はい?」

 ご丁寧に少女の声真似までしてくれた我が兄に、たっぷり十数秒、思考が停止した。
無駄に上手いな等と若干の逃避から戻ってくると、理解が追い付かない内容に首を傾げる。

「直接は聞き辛かったのだろう。未来の妹が困っているならば、力を貸したくなるのが兄というもの。……で。実際、どうなんだ? お前の " 好み " とやらは」
「どストレートに聞いてきたな、オイ」

 つまり。幼気な少女の悩みを聞いた次兄が、ノリノリで一肌脱ごうとしている訳か。
何故、姉ではなく次兄に――いや、次兄で助かった。もし相談先が姉だったら、あることないこと吹き込んでいたに違いない。

「そうは言われても、なぁ」

 正直、思い浮かばない。
そもそも、彼女が己という微妙な立ち位置にいる人間を望んだことに、一年経った今でも戸惑っているのに。

「全くないという訳でもあるまい。彼女と共に過ごして、ふとした瞬間に良いと思ったことはないのか?」

改めて、考える。

「うーん……それはまあ、ある。けど、特別なことでも何でもないし。シャリーは充分、可愛いと思うのにな……」
「…………。そうか。どうやら、要らんお節介だったようだ。シャルロット嬢にもそう伝えておこう」

 次兄の生温い視線を受けて、そこで自分の発言に気付いた。瞬間、カッと顔に熱が集まる。
ただ己の好みを挙げるだけならば、単純に服飾や食べ物などでもよかったのだ。好みとしか言っていないのだから。
彼女だって、そのつもりで尋ねたのだろう。なのに、兄の誘導があったとはいえ、ごく自然に――

「こんの……性悪兄貴めぇええええ!!」

 羞恥の衝動を力に変え、がっしゃーん、と。重いチェス盤を引っくり返す。
が、意外にも素早い動きで躱されてしまった。運動はからっきしのくせに、こういう時は妙に動きがいいのが癇に障る。

 今度、どんな顔をして彼女に会えばいいのか。誰か教えてほしい。切実に。
とりあえず、目の前でにやにや笑っている次兄からのアドバイスは絶対、絶っ対に聞かないが。