ID:snmyatoの記録

黄金の花

追想。陽だまりのような、あたたかな時間。

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 ソファの上でうとうとしていると、聞こえてきたのは小さな鼻歌。
その声の元を辿れば部屋の隅、書き物用の小テーブルの傍に婚約者の少女――シャルロットの姿があった。
 極力音を立てずに立ち上がり、少女の背後から名前を呼べば、びくりと震える小さな身体。
どうやら舟を漕いでいた自分に見つからないよう、こっそりとしているつもりだったらしい。

「どうしたんだ? その花」
「シルフィウムです。庭に咲いていたものを持ってきました」

 青硝子の花瓶に挿された、黄金の花。
小さな花弁が沢山集まるようにして咲く花が、陽光を受けて煌めく。

「レオンハルト様みたいに大きくはないのですけど。黄金の色も、華美すぎないところも、ぴったりだと思いまして」
「そっか。確かに派手なやつは、俺には似合わないもんなぁ」

 この花だって随分と可愛らしいものだ。そもそも、花自体が己に合うとは正直思えなかったりするのだが。
そう言うと、少女の動きと表情がぴしりと固まった。

「あっ、その、そ、そういったものが似合わないということではない! です! ええと、何と言ったらいいのでしょう……ううう……」

 停止から戻り、力いっぱいの否定。しかしフォローの言葉は浮かばなかったようで。
肩を落としたまま、ぷるぷると震えている姿を見ていられなくなり、ぽふり。小さな頭を軽く撫でる。

「シャリーが良いと思って持ってきてくれたんだろ? ありがとな」

こうして花を飾ることもあまりない殺風景になりがちな部屋には、その気遣いが有り難い。

「……はい。……あ、あの、レオンハルト様」
「うん?」
「お休みのところ申し訳ないのですが、一緒にお茶でも……いかがでしょう、か……?」
「おう。付き合うぜ。ってか、そんな畏まらなくてもいいのに」

 特に何もせずのんびりしていたところでの茶の誘いだ。断る理由もない。
恐る恐るといった様子で窺ってくる少女に、苦笑い。

「お、汚名返上もかかってます! ので!」

 ぐっと拳を握る、妙に気合いが入った少女。 " も " ということは、他に思うところがあるのだろう。
何となく想像はつく。――自惚れでなければ、だが。

「それでは、一時間後に中庭で。お待ちしていますね!」

一礼の後、ぱたぱたと早歩きで去っていった小さな背を見送り。

「……さて。ちょっくら外に出てくるか」

 約束は一時間後。城下へ向かい、買って戻ってくらいならば、十分可能な時間。
花の礼を考えながら、部屋の外へ出て。通りかかったメイドに外出の言伝をした。