ID:snmyatoの記録

砕けた虹

全てを失った、日。

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砕け散った水晶の欠片が、きらきらと。暁の輝きを宿しては消えていく。

 ――どうか、生きて。

 それが水晶剣の化身たる少女、イリスの最期の言葉だった。遠くなる声。煌めきの晶片が、風に散っても。暫く、動けずにいた。
全身が酷く痛むし重いし、血が足りないのか眩暈もする。だが、こんな風にいつまでも座り込んではいられない。
 ぐ、と足に力を籠めて立ち上がる。そこで初めて、周囲を見渡し――絶句した。

 変わり果てた周囲の光景――凡そ考え得る、総ての災害が一度に訪れたかのような破壊の痕跡。
見下ろした先、人々が生きていたあかしが跡形もなく、無残に砕かれているのを見て。ただただ、呆然とするしかなかった。
よろめきながらも歩き出し、転んで、立ち上がり、進んで。探して、探して、探して――けれど、自分以外の命の気配は何処にもなく。
 縺れた足にバランスを崩して。受け身を取ることも出来ず、無様に転倒した。

 何もかもが手遅れだった。あの戦いに一体、何の意味があったのだろう。
守るべきものは既になく。ひとり生き残ってしまった己は、どうしたらいい。
この空虚を抱えて、生きろと。残酷な願いを残したイリスを恨んでしまいそうになる。

 衝動のまま、握り込んだ拳を地面に叩きつけた。轟音。無造作な一撃で深々と抉られる土。
その人外の膂力に乾いた笑いが零れる。今更、こんな力を手に入れたところで、もう何の意味もないのに。

 ふと、影が落ち、陽の光が遮られた。緩慢な動作で寝返りを打てば、仰ぎ見た空に浮かぶ鈍色の巨影があった。
見下ろしてくる竜の深緑の双眸には、敵意がありありと浮かんでいて。咆哮が荒れた大地を揺らした。
 理由は分からないが丁度良い。殺意をもって、向かってくるのならば。

「……その喧嘩、買ってやるよ」

 くつり、哂って。軋む身体も気にせず、跳ね起きた。
その殺意に応えよう。全力で。――だから、どうか。希う。この身を縛る生への呪いごと、喰らい尽くしてくれと。